B:単眼の大樹 ユムカクス
西方の新大陸で伝えられている神話だって、当然、私はしっかりと調べていますよ。
そのひとつが、「ユムカクス」という名の農耕を司る神です。面白いのは、これが空中に浮く単眼の大樹であること……。単に動く大樹というだけなら、トレント種が該当しますが、この神話の特徴とは、少し違いますよね。
つまり、私が言いたいのは、古代に、このような大樹が存在していた可能性があるということ。その断片でもいい、どうにか手に入れられないものでしょうか?
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
西方の新大陸、つまりはトラル大陸という事になるだろうか。そこにこんな神話がある。
太古の昔、民はみんな狩猟民族だった。当然だが狩猟というのは時期やタイミングによってその獲れ高が違ってきてしまう。そのために得物が獲れず何日、場合によっては何週間も食べる物がないといったようなこともよくある話だった。それを見た一人の神が民に対して土を耕し、種を植え、世話をして育て、実った成果を食す、つまり農業という概念を教え、今行っている狩猟と両立させることで食を安定させるよう促した。その神の名がユムカクスだった。
だが、民がなかなかこれを理解しようとしなかったため、ユムカクスは実際に実践して見せたのだという。そして作物が育った畑を見て初めて、民はユムカクスの話が正しいことを理解した。この事により、民の食料事情は安定し、餓死する者も劇的に減った。ユムカクスは農耕の神として崇め奉られた。しかし、このユムカクスは奢ることなく常に謙虚で、毎日のように民の作った畑やその周辺を農作物を見回り、その管理を怠ることはなかった。
数年後のこと。西方の新大陸を立て続けに大きな嵐が襲った。激しい豪雨に暴風。森林の木々は倒れ、川は氾濫した。森林を切り開いて作った民たちの農場は倒れて、流されてきた木々によって大きく荒らされ、氾濫した濁流が作物を根こそぎ押し流し、肥沃に育てた土は泥に埋まってしまい、全てが無に帰すような甚大な被害を受けた。民たちはあまりの惨状に肩を落とし、心が折れた。ユムカクスは民たちに対し、自然と共にある事が農業であり、こういった自然災害の影響を受ける事もまた農業であることを説き、先頭に立ってまた一から始めようと民たちを激励した。しかし、一夜にして何年物努力が文字通り水に流されてしまった民たちの心は癒されなかった。それどころか畑や農作物を守れなかったユムカクスを詰る者や、貶す者まで現れた。しかし、民たちの自然の理不尽による悲しみや苦しみをよく理解しているユムカクスは独りであっても、なんとか民たちの畑を再建しようと作業を始めた。来る日も来る日も一人で黙々と作業した。その姿を最初は白い目で見ていた民たちだったが、日が経つにつれ段々とユムカクスに対して申し訳ないような気持ちを抱くようになった。それでも理不尽に奪われた努力をまた一からやる気にはなれず、独りで作業するユムカクスを遠巻きに眺める事しかしなかった。そうして丸一年が経った日、畑で倒れているユムカクスが発見された。朝から晩までたった一人で働き詰めたユムカクスは元通りになるまであと少しという所で力尽きてしまったのだった。それまで手伝う事もしなかった民たちはその後悔の念からユムカクスの死を大いに悲しんだ。民たちは愚かにもユムカクスを失って初めて自分たちの犯した過ちを認める事が出来たのだ。そして民たちはユムカクスの後を継ぎ、みんなで協力して作業し数週間で畑を元に戻し、またユムカクスに教えられた通り農作業を始めたのだった。
誰にも姿は見えなかったが、その民たちの様子をユムカクスの魂は畑の傍らで満足げな顔で見ていた。そのユムカクスの元にもっと上位の神が現れこういった。
「身をもって民を導く、まさに尊い行いであった。何か望みを叶えてやろう」
そう言われたユムカクスは「私に強い体をください。民たちの畑を守ってやれるだけの強い体をください」。それを聞いた上位の神はさらに感心し、ユムカクスに嵐に負けない巨大で丈夫な樹木の体と畑を見回れるよう大きな目と移動するための力を与えた。そうして宙に浮く単眼の樹木の農耕を司る神ユムカクスは農業を行う民たちの厚い信仰を集めたのだという。
「最初にこれに似た話を聞いたのは孤児院に引き取られた頃でね。割とお気に入りの昔話だったのよ。そのあとウルダハの呪術師ギルドに居た頃にトラル大陸の神話を調べる機会があって詳しく調べたの」
あたしは焚火を木の枝でつつきながら相方に言った。
「で、ちょっと気になったのよ。もし、その神話の元になるような単眼の樹木の魔物が過去に存在したんだとするなら、きっとこのエルピスで創られたんじゃないかと思ったの」
相方は抱えた膝に顔を乗せながら、うんうんと頷いて見せたあと、後ろを振り返った。そこには大きな樹木が横倒しになっていて、その幹の真ん中にある大きな単眼が白目を向いているのが見える。
振り返っていた相方が黙ったままもう一度あたしを見た。あたしは相方の視線を手で遮って言った。
「言わないでっ!わかってる。分かってるから!」
相方はもう一度振り返って動かなくなったユムカクスを見た。
「神話が変わっちゃわないといいね」
相方が優しく言った。あたしはやり過ぎちゃったことに後悔を感じながら大きくため息をついた。
エルピス